状況によって恋愛できなくなる

状況によって恋愛できなくなる人がいます

そして、その恋愛できなくなる場面を分けることができます。

・『内弁慶タイプ』

「一回仲良くなっちゃえば全然平気なんだけどな…。知らない人がいると緊張しちゃう」

家(家族や身内、気心が知れた人)では楽しく話ができる。とはいえ、常に仲が良く、トラブルやアクシデントがないわけではありません。

むしろ身近だからこそいろいろな場面を経験しているはずです。それでも嫌われ、見捨てられていないという事実があります。これらが根拠となって自分は好かれ、認められた存在であると思えるのです。

この安心感があるから、自然な関わりができます。あまりに家が心地いいので、そのぶん外は居心地が悪く感じます。

自分から働きかけをして理解してもらうという経験が少ないだけなのだけれど、他人は自分を理解しない、また理解するのにはとても時間がかかると思い込んでいるのです。

だから、外(家族や身内、気心が知れた人以外)を怖いと思う。自分がどのように見られ評価されるかがとても気になる。どうやって関わり、仲良くなっていけばいいのかがわからない。

このような感じで恋愛できない人は、幼児期の子供の人見知りに似ています。

・『外弁慶タイプ』

「本当の私を知らない人となら、ダメな自分を気にしなくてすむ。生まれかわったつもりで新しい出会いを楽しみたいな」

家が怖い、家でしゃべらない、家の中で比較される。

身近な人、特に親族は遠慮をしません。家族だからこそ、言葉を選ばずに駄目なところを指摘したり、笑いものにしたり、馬鹿にしたりすることもあります。身近な人は自分をよく知っている人なので言われていることを正しいと思い込んでしまうと自己評価を低くしていきます。

自己評価が低ければ低いほど、ありのままの自分の良さに気づきません。認められません。ますます自分の駄目なところばかりが気になってしまいます。

もちろん家族だからといって、何を言っても良いわけではありません。

しかし、たいていの場合、言葉を選ばずに言った本人は、言われた人がそこまで気にすると思っていないのです。家族にとっては、いわゆるほんの冗談だったり、ちょっとした親切心だったり。

誰にとっても、家族、家庭が安心できる居心地の良い場所というのは幻想です。

家族、家庭が安心できる居場所のはずと思えば思うほど、実際に今、居心地の悪い人にとって大きなストレスになります。

家の中は閉鎖的。お互いの関係性が一度決まるとなかなか変わらないものです。

そして家族だからこそ家族に対しての言葉や態度は日を追うごとに遠慮や配慮がなくなります。「いい人いないの?」と微笑みながら問いかけていても、やがて「同級生の○○ちゃんは結婚したよ。あなたはどうするの?」と詰め寄るようになり、しまいには「親が死んだら天涯孤独だね」などと吐き捨てるように言われたり…。

自分の家に居場所(安らげる場所)がない人は外のほうがいきいきと輝いている場合も多くあります。自分の存在意義を見失わないようにバランスをとっているわけです。

初対面の人、関係の薄い人なら、自分が描く理想の人になったつもりで接することもできます。その心底に本当の自分を知られたら困ると思う気持ちがあります。

こちらの方が内弁慶タイプよりも恋愛に近いとも言えます。